そこで友に出会った。
と言っても本人がそこに居たわけではない。
ミルフォードサウンドの船の待合所に、今年できた写真付きのパネルがあった。
DOC(環境保護局)のインフォメーションパネルで、この国の原生の鳥を保護するためにスタッフが外来の動物を罠で捕らえる仕事をしている写真である。
そこに親友トーマスがいた。
トーマスとの付き合いは、かれこれ11年になろうか。
当時マウントハットの麓、何も無い牧場の一角にヤツは住んでおり、そこで野郎共が集まりビールたっぷり七輪焼肉という宴を開いた。
酒が廻るにつれ英語のニックネームの話となった。
ヤツには当時そういうものがなく「自分も欲しいなあ」ということになり、ボクが酔いに任せて「よし、じゃあ、今この瞬間からお前はトーマスだあ!」と叫び、それ以来ヤツはボクの仲間内ではトーマスと呼ばれている。
その後もトーマスとの付き合いは続き、山のガイドを経てテアナウに住み着き、今はDOCで環境保護の仕事をしている。
トーマスから連絡があったのは去年の今頃の事だった。
毎年ボクたちは時間を作り、『この国の山にやっつけられちゃう山旅』と称してあちこちの山に行くのだが昨年はお互い忙しく時間を作れそうも無かった。
というわけで去年は唐突に『鳥の保護のお仕事体験ツアー』となった。
場所はミルフォードサウンドへ行く途中のエグリントンバレー。
これは日帰りの仕事で、その日はボクも休みでタイミングが合ったのだ。
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この国にはもともと四足の動物はいなかった。
哺乳類はこうもりが何種類かいただけで、あとはトカゲの仲間が少し。
それ以外は全て鳥。鳥の楽園のような島だった。
そこに人間がいろいろな動物を持ち込んだ。
犬、猫、ネズミ、牛、馬、鹿、羊、ウサギ、そしてイタチの類である。
中でもイタチの仲間ストート、おこじょは人間が持ち込んだ最悪の動物と言えよう。
鳥が空を飛ぶのは敵から身を守るためである。
その敵がいなかったら、鳥は地上に降りてきて生活をする。
長い間、地上で暮らすうちに足は太くなり羽は退化し体は大きくなり飛べない鳥、と言うより『飛ぶことをやめてしまった鳥』ができあがる。
そんな鳥たちにとって捕食動物は脅威である。
そして牧場を荒らすウサギを駆除する目的で持ち込まれたストートが、ウサギよりも飛べない鳥を襲うということも容易に想像できる。
物言わぬ鳥たちは数の減少という形で存在の危機を訴える。
人間が何もしなかったら鳥は絶滅するだろう。
いや、すでに絶滅してしまった鳥も多い。
死に絶えたらそれで終わり、再びよみがえることは無い。
悲しいことだがそれが自然の摂理だ。
そうならないためにトーマス達は働く。
先人が犯した過ちを償う、悲しくそして大切な仕事だ。
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その日のトーマスの仕事はエグリントンの谷間にどういう動物がいるかの調査である。
相手を知ることにより対策も立てられるということだ。
小さな筒の中に餌を置く。餌は生肉だ。
筒の中にはインクを塗った紙があり、中を動物が通れば足跡が残るという仕組みである。
トーマスに作業の手順を教えてもらい僕も手伝う。
と言っても大したことをするわけではない。餌を代えて紙を回収し新しい紙を置くだけだ。
普段素通りするだけの場所に車を停め、森の中へ入る。
高速で走っている車の中からは考えられない美しい森の中での作業である。
たまにここを通る時、DOCの車が停まっているが、こういうことをやっているのだなと納得。
僕自身は大した事をするわけではないが、こういうことを経験することにより、自分がガイドをする時の言葉に重みが出る。
経験は財産なのだ。
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車で移動しながら作業は続く。
ノブズフラットはミルフォードサウンドへ行く途中でトイレ休憩で立ち寄る場所である。
最近はこの辺りで猫がいるのが報告されたというので、猫の罠も仕掛けてある。
テアナウ辺りで飼われていた猫が野生化し、ミルフォードロード沿いにここまで来たのだろう。
猫の罠はストート用より大きくバネの力も強い。
トーマスが小枝で罠がどのように動くか見せてくれた。バチンと大きな音でバネが閉まり木の枝は真っ二つに折れ、指など挿もうものなら骨は折れてしまうだろう。
これで猫をその場で殺してしまう。
動物愛護の人達がこれを見たらどう思うのだろう。可哀そうだからやめろと言うのだろうか?
ストート、おこじょは人の目から見れば可愛らしい顔をしている。
見た目とは裏腹に性格は獰猛で、鳥たちを食うためにも殺すがもてあそぶ為にも殺す。故に人間が持ち込んだ最悪の動物と言われるわけだ。
「こんな可愛い顔をしているのに殺すなんて可哀そう」
そう言う人も多い。表面だけ見て、しかも自分の価値観でだけ物を見ればそうなるだろう。
それに対しては現場で働くトーマスの言葉をそのまま借りよう。
「罠にかかったストウトを見て『きゃぁ残酷、かわいそう』と言って僕らTrapperをむしろ軽蔑の目で見る旅行者もいる。宣言してもいい、Trapperの誰一人として動物を殺すことに喜びをかんじている奴はいない。僕ら人間が壊してしまった森に侘びを入れているのです。」
作業は続き、その日最後の現場へ行った。
「ここは木につかまってよじ登ったり、アスレチックみたいなコースだよ」
行ってみると確かにトーマスの言うとおり、上り下りを繰り返し森の奥へ進む。
足元のコケは厚く、くるぶしまでもぐる。道の無い森は歩きにくく、文字通り藪をこぐ。
普段はルートバーンを歩いていたのだが、整備された道を歩くのがどんなに楽なのか思い知らされた。
ボクがヒーヒー言いながらついていく前をガサガサと進むトーマスの後姿はたのもしく、ヤツの山男ぶりというものがうかがえる。
普段はこれとは比べ物にならないぐらい急できびしい山を、重い荷物を背負ってヤツは歩く。
タフでなければできない仕事だ。
そしてその仕事は人目に触れることはない。
だが山はトーマスが何をやっているか知っている。
あれから1年。
ボクは再びガイドの現場に戻ってきた。そして久しぶりにミルフォードに来てヤツに会った。
ミルフォードサウンドの船着場でお客さんを送り出した後、クルーズの間は自分の時間である。
天気は上々、ボクは近くの遊歩道へ向かった。
10分ほどの森の周遊コースがある。今はバンブーオーキッドの時期だ。可愛い蘭が白い花を咲かせている。
森を抜けた先は入り江に面していて、ちょっと歩けば人の気配は消える。
誰もいない場所で一人。
ゆっくりとランチを食べ、ぼんやり雲を眺めながら、親友トーマスのことを想う。
こうしている間もヤツは重たいワナを背負い山を歩いていることだろう。
ボクはお客さんと接する仕事をしているので、出会う人はボクという人間がこの地でこうやって生きていることを知る。
だがトーマスという人間がどういうことをやってこの国の自然を守っているのか知る人は限りなく少ない。
日本人として生まれ日本で生まれ育った彼がこの地に住み着き、きれいな嫁さんと可愛い娘に囲まれこの地に根を張りつつある。
トーマスの根はどこまでも深く、そして太い。
その根は人目に触れないが、人から見える場所に小さな花を咲かせた。
その一つが船着場のインフォメーションパネルだ。
そしてトーマスという木はどこまでも大きくなり実をつける。
その実とは一度は減ってしまった鳥が安心して暮らせる、ありのままのニュージーランドの森だ。
人知れず自然を守る仕事をする彼をボクは心から尊敬する。
そしてこういう友を持ったことに深く感謝する。
ミルフォードサウンドにあるヤツの写真は笑ってしまうぐらいさわやかであり、これからもこういう形でヤツに会えることが楽しみである。
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